コラム №161 (2015年6月18日 / 毎日新聞掲載)

コラム161遠くて近い文学と政治
(記事をクリックすると拡大できます。 ↓ 下は 『芥川賞の謎を解く』 )
芥川賞の謎を解く

◆高橋 治さんと「ミラノの爆弾」

高橋 治 訃報
直木賞作家の高橋治さんが肺炎のため神奈川県の自宅で亡くなられた。
2015年6月13日。86歳。
旧制第四高等学校で同窓だった澁谷亮治さん(澁谷工業会長、経済同友会代表
幹事、故人)が茶房犀せいに連れていらしたのが22年前。
それからは、しばしば立ち寄っていただいた。

ある日、アイスクリームとエスプレッソ珈琲を同時に注文し、アイスクリーム
に珈琲を少量かけよとおっしゃる。
「君も食べてみなさい」
冷たいアイスクリームに熱くて苦い珈琲がマーブル模様のように溶け合い
口の中で絡み合う。
これはすぐにメニューアップだ。

「名前を付けてくださいな」
「明日また来るから考えておくよ」

翌日。
「原題が優れていて、それに勝るネーミングが思いつかなかった」
「え? すでにあるメニューなんですか?」
「うん、ミラノにあってね、ボム・バ・デ・ミラノというんだ」
「ミラノの爆弾? それは素敵。作家先生の負けですね」

そしてすかさず、私は言った。
「メニュー名はミラノの爆弾で決定することにして、惹句(キャッチコピー)
を考えてください」
先生すかさず、「人妻の不倫の味」

誰あろう、中年男女の恋を描いた『風の盆恋歌』の作者だ。
熱くて苦い恋。
この惹句はもともと作家の頭の中にあったのかも知れない。
ミラノの爆弾
しかし、次第に私は「ミラノの爆弾」なるメニューが本当にミラノの
カフェに存在するのか疑問に思うようになった。
しばらくぶりで見えた先生に疑問をぶつけた。

「ほんとに〝原題〟なの? 先生の捏造じゃないの? フィクションで
飯を食う作家はウソツキの始まりだから」
先生、答えず、「フフ、フ」と含み笑いをするばかり。

〝自白〟に追い込むことはできなかったが、やはりあれは作家の創造
だったと今は思っている。
 
数年して越中八尾の風の盆を見に行った。
転勤族の読売、日経新聞の支局長らも加わった数人のツァーである。
街筋にはぼんぼりが灯り、闇を際立たせている。

ぼんぼりの灯にうっすらと字が揺らぐ。
眼を凝らすと、それは「風」。
なかなかの達筆で、左脇に小さく「治」とある。
高橋 治さんの字だ!

群集の中に高橋さんを見つけた。
白っぽい絽の着物で、そろりそろりと歩いている。
「先生、小説ばかりじゃなくて、字もお上手なんですね」
「いやいや、それほどでも」

支局長たちを紹介がてら、打診してみる。
「今度、犀せいにいらした時に一筆お願いします」
先生、「いますぐ書いてあげるよ」と慫庵(という名だったと思う)
に私をいざない、女将らしき人に「墨をもて」「紙をもて」と道具を
取り寄せ、気迫を込めた墨黒で「犀せい」と一筆。

その書は、犀せいの階段を下りるときに見える場所に飾った。
高橋治さんの字
以後、作家は自分の書を見つつ、茶房の階段を降りることになる。
実は八尾で私が書いてほしかったのは、ぼんぼりにも書かれていた
「風」という字だった。

あの夜、「風を」とお願いすると作家は「嫌だ」。
「え?」
「〝犀せい〟と書く」
「それはすでにロゴ(字体)が決まっているので〝風〟と!」
「嫌だ、〝犀せい〟だ」

いま、高橋さんの野太く野生的で、それでいてどこか優しさの
漂う〝犀せい〟を見ると、これでよかったのだとしみじみ思う。

雑記 15 年 6 月 18 日

金沢・茶房 犀せい 石川県金沢市片町1-3-29 076-232-3210 定休日:日曜・月曜・祝日 17:00~23:30